毒親や毒親戚たちに思考を支配されていた人生
私が物心がついた時から、姉より私が毒親から贔屓をされていた。
贔屓されている事は、家族全員や親戚の人たち周りの大人は全員が十分に気づいていた。
家族をやっていく上で一番気にしている事、最重要な事だった様に思うが、全く気づいていない振りをしていて、誰一人口に出す事はなかった。
というより、触れてはいけない事、絶対的な禁句、踏み絵の様な事になっていた。
だから、私の中でも完全に気づいてはいるのだけれども、自分の中でも自分に触れてはいけない事、気づいてはいけない事、気づいていない振りをしなければいけない事の様に思い、自分にも気づいていることを隠してきた。
自分の意識の中でその事実に触れる事が非常に怖かった。
気づいていない振りをしなければいけないと恐怖に感じていた。
自分の中でもその事に一切触れない様にして、本当に意識の世界では知らないふりをしていたので、口に出していう事などあるはずもなかった。自分自身が気づいていない振りをしているので。
それは何故か?
親がその事実を一切の禁句にしていたから。
触れてはいけない事の様に、その事実に触れる事、その事実を事実として認識する事を異常に恐れていた、一番に嫌がっていると感じたからだと思う。
それを感じて姉も贔屓されている事にひどく傷ついていたのだけれども、口に出す事は一切なかった。
触れてはいけない事の様に感じて、私の前でも一切口に出すことはなく、全くの禁句、踏み絵、触れると今の家族(偽り)の形態が全て滅びることのように感じてというか、触れてはいけないこと、それは親が一番に嫌がるから。恐怖に感じていることだから。
毒親は、普通の家として世間に思われたいから。
自分達は立派に子育てをしている普通の親と世間に見られたいから。
その為に生きている、世間によく思われる為だけに生きている人間だから。
という親の願望を無意識に感じて姉も触れてはいけないことの様に感じている様に感じているし、親戚の人たちも十分に気づいているのに何も言わない。
それは私達姉妹への意地悪で。
言わずにそのまま本当は、親に贔屓されているのだけれども、それは明白に分かるのだけれども、いや、普通の家族だよと、おかしくなく、親は普通に子供を育てていると私達に思わせる為にわざと意地悪の為に普通の何もない家族と思わせる様にしたがる。
毒親の味方につく。
毒親が望んでいるから。
それは、毒父を母方の兄弟たちは怖がっていたし、私達がまだ赤ん坊で下に見ていた、全く怖くない存在だったから。
親はそれを望んでいるから、私達を嫌うことで誰も怒る人はいない。
私達には誰も味方がいないだろう、ということで、ぞんざいな存在としてどうでも良い好きにできる人間扱いをしていた。
親がそういう扱いをしても、全く怒らないどころかそれでむしろ喜んでいる。
それで、自分達は表面的には仲の良い普通の家族として世間的にできるから、そう思えるから完全に私達への意地悪の為に贔屓されていることに十分気づいていても、というより、むしろだから、私たちが親にぞんざいに扱われていると感じるから、私たちは何しても良い、どうでも良い人間として何しても誰も文句を言われない人間として、どうでも良く、何しても良い人間として下に見て扱っていた様に思う。
だから、私たちが一番嫌がること、贔屓されている、姉は特に親からいじめられていると十分に感じていても、一切触れない、それどころか、むしろ普通に育てられている親は一生懸命に子育てをしているとして親の味方につくことで、私達への嫌がらせをしている様だった。
むしろ親に感謝をしろと。
普通の家族だと私達へ思わせようとしていた。
だから、親戚の人たちも十分に気づいているのに何も言わない、むしろ普通の家族の様に表面的には言い、むしろ親の味方について、親に感謝しろと要求をするので、私達は親戚の人たちを異常に物心がついた時から怖がっていて、この家は普通の家なのだと、これで普通で、贔屓されていることや、おねが異常に親に嫌われていることなども気づいてはいけない、触れてはいけないことの様に思い、自分の中でも自分の本心に気づくことは一切なかった。
絶対に触れてはいけないこと、恐怖のことの様に思っていた。
自分の本心に自分が気づくという、そういう思考回路をしてこなかった。
なので、本当に親や親戚たちが思っている様に、思えと脅迫、要求する様に、我が家は普通の家で私は親に可愛がられて育ったと、親に育ててもらったと感謝をしなければいけないと毒親や、毒親戚たちが望む様に思ってきた。
特に母方の兄弟たちは、私が物心がついた時から私のことを異常に嫌っていて、