毒親の都合の良い思考をする様に育てられてきた私

私が物心がついた時から、姉は毒親から異常に嫌われていて私と贔屓をされていたので、姉は非常に傷つき、又、親から嫌われているのは自分のせいだと思い、自己卑下をしていた。

そして姉は親を異常に怖がっていた。

正にいじめの世界の様に。

 

今にして思えばいじめの世界と思えるが、子供の頃や、20歳過ぎまではずっと我が家は普通の家族だったと思ってきていた。

そう思っていた理由は、親や親戚や周りの大人が全員、我が家は普通の家族、親は一生懸命

に苦労をして子供を育てたので、親に感謝をするべきとして、私らを責める様に(無言の)脅迫している意思を感じとっていたので(毒親と親戚から)、我が家は普通の家族で、親に育ててもらったので感謝をしなければいけないと思ってきていた。

 

誰も我が家はおかしいと指摘する人はいなかったので、完全にこれが普通の家族なのだと思ってきていた。

毒親たちが思えと言うままに。

 

常に毒親達はこう思えと私達娘の思考を強要する。

思考を支配しようとする。

 

私達がどう思っていたのか、自分の本心を自分が知らない、気づかない思考回路をしていたので、毒親達が思えと言うままに、親は苦労をして子供を育ててきたので親に感謝をしなければいけないと思ってきていたと思う。

自分の本心に気づけば、これが普通の家族なのか?と、まるでいじめの世界と気づくと思う。

 

そう、その人が本当はどう思ってきたのかで、いじめかどうかは決まるのではないかと思う。

 

毒母は、いつも子供を苦労して育てたので感謝をしろと私達娘に脅迫をしていたが、苦労と言うのは、自分は人間関係が嫌で会社に行きたくなかっったが(会社でいじめられていた様)、お金の為に嫌嫌何十年も働いてきたと言うことだった。

子供を育てる為に。

だが、よく考えると、別に子供がいなくても働かないと自分自身が行きていけないので、嫌々働かざるおえなかったことを、仕事が嫌だったことを子供のせいにされてもこっちがいい迷惑なことだと思う。

常に恩着せがましく、お前らのせいみたいに無言に責められていたので、常に自分たちが、自分たちの存在が重荷、悪いことの様に思ってきていた。

ただ、生まれてきたことが。

そして親孝行をしなければいけない様に脅迫観念を感じてきていた。

 

私が物心がついた時から、姉は親から異常に嫌われていて、私と贔屓をされ、姉は親を異常に怖がっていた。親や親戚の人たちに対して恐怖におののいているのを私は感じていた。

まるでいじめの世界だった。

 

その姉の毒親に対する恐怖心を近くで私は感じていたので、私も物心がついた時から毒親のことや親戚のことを同じ様に異常に怖く思っていたと思う。

とにかく姉の親への恐怖心は尋常ではなく、異常に怖がっていて、そして嫌われていること、私と贔屓をされていることで深く傷つき、自分のせいと自己卑下をしていることを強く近くにいて私は感じていた。

 

その恐怖心や傷ついている、心が死んでいる、殺されていることを、いじめに遭っていることを近くで私は嫌と言うほど感じて、私は姉と同じ様に親や親戚のことを異常に怖い存在として思い、私自身も恐怖におののいていたと思う。

本当は。

そして自分は親に殺されない為にと、異常な恐怖心からの自己防衛本能が真っ先に働いていた様に思う。

 

でも、その本心は全く自分自身が気づいていなかった。

自分の本心に気づいたのは、私が20歳過ぎてからセルフカウンセリングを行って初めて気づいた。

 

何故、私は生まれてから20歳過ぎまで自分の本心に自分が気づかなかったのか?

 

そういう思考回路を全くしてこなかったからだと思う。

特に毒母は、毒母が思えというままに私が思考することに仕向けていたのだと思う。

私が生まれた時から。

当然、毒親や他の人から私がどう思うか?と、私の気持ちを聞いてくることは一度もなかった。

 

私達娘の気持ちなど毒親にとってはどうでも良く、とにかく自分たちが思えというままに思考することのみを強要していた。

特に毒母が完全に私の思考を自分の都合の良い様に支配しようとしていた。

 

例えば?

 

私がセルフカウンセリングをして気づいたのは、姉は、私と違い、子供の頃から自分の感情を持っていた。

 

親に嫌われていたので、深く傷つき、落ち込んでいたし、泣いたりもしていた。

 

そういう自分の本心に自分が気づく人間、自分の感情を出す人間が特に毒母にとって都合が悪かったのではないかと思う。

 

大人になってからの私の予想だが、姉は毒親にとって初めての子供なので、泣けばあやしたり、姉が生まれた直後は姉の感情の為に毒母が動いていたと思う。

その為、姉は自分の感情を表す普通の人間になった。

 

が、そういう人間に姉がなったことを毒母は反省をして、失敗をしたと思い、私は自分の感情の為に生きさせない、毒母の感情の為に生きる様に育てかたを変えたのではないかと思った。

 

私が赤ん坊の時に私が泣いてもあやさず(他人がいればあやしてみせる。(人に良い母親と思われたい願望が異常に強い人間。その為に生きている人間だから))、毒母の感情に常に意識を向けさせる様に仕向け、毒母の感情、都合によって子供に接する。

子供の中で、自分自身の感情を中心とさせない、毒母の為に、毒母を中心となる様に育てていたのではないかと思う。

 

絶対に自分の意思が中心とならない様に。

だから、私にどうしたいかとか、私がどう思っているか等、私の意見や意思を聞いたことは一度もなかった。

 

そんなもの毒親にとってどうでも良かった。

 

毒親にとって私がどう思っているか等どうでも良くて、望むことはただ1つ。

自分の都合の良い様に思考をすること。

常に毒親がどう思っているか、何を望んでいうかを気にしてその為に思考することを望んでいたのだと思う。

自分(毒母)の喜び、嬉しさ、のぞみを叶えることの為に私が思考をすることを望み、そうなる様に私が生まれた時から仕向けた、接して育ててきたのだと思う。

姉への失敗を教訓にして。

 

だから私が赤ん坊の時に、何かを望んでも、泣いたりしても一切あやすこともなく(誰もいない時は)、私の願望を一切叶えない、無視する。

私の中で私の感情が中心とならず、毒母の感情が中心となる様に、毒母の感情の為に考える様に、毒母が望んでいることを常に気にして考えてその為に思考をする様に育てていったのではないかと思う。

 

姉には、少し姉の感情の為に毒親が動いていたのではないかと思う。私が生まれるまでは。

姉が生まれた直後は。

 

絶対に毒母は、姉への失敗を教訓にして、私は自分の感情に自分が気づかない、自分の為に生きさせない為に、接し方、育てかたを変えたのだと思う。

 

だから、姉は自分の本当の感情を持ち、私は自分の感情を持たない人間になったのだと思う。

 

そして毒親には私の方が好まれた。

 

自分の娘、親を100%信じている赤ん坊を自分の都合の良い様に育てるのは、親にとって非常に簡単なこと。

正に赤子の手をひねる様に簡単なことだったのだと思う。

 

毒親にとって都合が良かっただけ。

それを普通の親として可愛がれていると思っていたが、単に毒親にとって都合の良い人間だっただけで、私自身を愛していたのでは全くない。

むしろ、私も毒親に魂を殺されていた。

 

普通の人間にとっては、姉の方が正常な人間で、私が自分の意思に自分が気づいていない、感情を持っていないおかしな人間となるが、毒親にとっては私の方が好まれていた。

 

なぜなら毒親にとって都合が良かったから。

それを親として可愛がられているとずっと思ってきたが、実は殺されていたという事実。